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永遠の別れ [今、思うこと]

先日、親族が突然亡くなりました。

体調を崩し、数日後に亡くなってしまったんです。

私にとって、身近な人が亡くなるっていうのは、初めての体験
でした。
訃報の連絡をもらった時もショックを受けましたが、実際に
遺体を前にすると、やっぱり、よりがつんとその方の死を突きつけ
られたかんじでした。
もう冷たくなったその方を前にして、何度も何度も心の中で
「お疲れさまでした」と言いました。ずっとずっと、頑張り続けて
きた方だったんで。。。

納棺という体験も初めてでしたが、死に装束を身に着けさせたり、
棺桶にお花を敷き詰める作業のときは、涙があふれて止まりません
でした。もう永遠のお別れなんだっていう気持ちが徐々に膨らんで
くるかんじで。。悲しくて悲しくてなりませんでした。
その時だけは、存分に涙を泣かせてもらおうと、お腹のまめちゃん
にもお願いしておきました。

葬儀には、思いもかけずたくさんの方に来て頂いて、そのことにも
救われました。きっと、この方も喜んでいるだろうなって思ったし。

こういう時、1人じゃないって本当にいいなと思いました。
旦那さんがただそばにいてくれることが、本当に嬉しかったし、
慰められました。身重にかこつけて(?)腰が重く、気の利いた働きが
少しもできなかった私の代わりに、いろいろとお手伝いを頑張って
くれました。いつも以上に、旦那さんにべたべたに甘えさせて
もらいました。そんな風に、甘えられる相手がいつも傍にいてくれる
っていうことの幸せを、存分にかみしめられた日々でもありました。
思った以上に、大切な人を喪った悲しみに暮れていないのは、きっと
旦那さんがいてくれるからなんだろうなっても思いました。
本当に、旦那さんに感謝、感謝です☆

今週から、無理ない程度にまた仕事復帰しようと思います。
急なお休みを頂いた分、しわよせもあったりしますが。。
自分をいたわってあげながら、日々を過ごそうと思います。

母への葛藤・・・ [今、思うこと]

杉本彩さんの“1万字にわたるブログ”を読み、なんだかうちの母親と
似ているな~と思う私がいました。

うちの母親は完全に共依存タイプで、子どもは親の話を聞き、励ます者
という考えに縛られている人です(おそらく本人だけは気づいていない)。
それを自分の母にずっとやってきたので、無意識に自分の子どもに
その役割を求めてならないのです。

私は幼い頃からその役回りをさせられてきました。それが母の救いになる、
楽にさせることだと信じて。
でも、決してそういうわけじゃなく、母が外に心の専門家という味方を
見つけるための邪魔をしていただけでした。今思うと。

子どもの私が母のカウンセラーをやる必要は全くなかったんです。

でも、今の母は、自分のカウンセラーを昔のようにやってくれない私を
受け入れられず、「昔とは別人」と非難し、ひたすら昔のような役回り
についてくれることを願っています。
自分の思うように振舞う子どもだけを評価し、自分の意思を持って自己主張
する子どもは決して認めようとしません。
そういう、子どもを食い殺すようなことをしていることに、本人だけは全く
気づきません。
ま、そこが病理の重さを象徴しているのですが・・・。

母にいくら「悪い子」と暗に言われようと、私は自分の幸せを第一に考えよう
という思いでいようと思っていますが、時折届く母からの「昔のyurarinに戻って」
メールを読む度に心がふさがれる思いになってしまいます。
しがみつかれているような気さえします。
子どもの人権を尊重し、子どもが自らの幸せを第一に考えて生きようとすることを
邪魔されている気持ちになります。

本当に、重い母親です。

子どもは親のロボットでも言いなりになるものでもないんだと、きちんと気づいて欲しい
ものです、ほんと!

本当ですか??(小林麻央さんの水買占め報道) [今、思うこと]

市川海老蔵・まお夫妻は、週刊誌の情報が正しければ、現在は福岡に
避難中だそうです。しかも、そこで水の買占めを行っているとか・・。
ある1つの店舗では500ミリリットルの水を50本近く買占めたそうですし、
次に行った店舗でもやっぱり大量に水を購入されたそうです。

まるっきり事実かは確認のしようもないですが、火のないところに煙は
立たないので、ある程度事実に即した報道なんでしょうかね?

関東では水の購入は1人1,2本に限定されています。でも、いくらそういう
限定がない店舗だったとしても、他に多くの方々が飲み水を必要としている
中で(その地元の方も含め)、そんなに大量に水を買い占めるなんて、
どうしても人間性を疑ってしまいます。
「助け合い」って言う言葉を知らないんでしょうか?まおさん、ゼロに出演
されていた時は、そういう信念を大切になさっていたような方と思って
いたんですが・・。
市川家の跡継ぎを妊娠されていることのプレッシャーの重さで、わが身の
ことしか見えなくなってしまっているのでしょうか?考えれば考えるほど
残念な気持ちで一杯です。

もしかしたら関東にいる知人や家族に水を配ることを検討されてのこと
かもしれませんが、それにしたってちょっと度をすぎた行為ではないでしょうかね?

ファンだっただけに、残念・・・。

被災地近辺に住んでいる親たち・・ [今、思うこと]

福島には私の実家があり、両親と高齢の祖父母が住んでいます。

ライフラインは保たれているとのことで、とりあえずは安心ですが、
放射能被害がどんな風に広がっているのか想像が追いつかないため、
不安は少なからずあったりはします。

母は心配かけないようになのか、メールをしても「大丈夫」ということ
を返してくるばかりです。ですが・・・やはり不安は高くあるんだろうなと
思います。

母のいや~な面が最近顔を出し始め、母をまた支配してしまっている
ことがメールから伝わってくるからです。

母は、自分がいいと思うことだけを認め、基本的に子どもの言うことには
価値を認めません。自分がクリスチャンであることから、私や他の兄弟にも
クリスチャンになることを強要し、「クリスチャンになればみんな幸せになれる」
ということを手を変え品を変え訴えてきます。
私は、誰がどんな宗教に入ろうとそれは個人の自由だと思いますが、強要
してくることだけは我慢できません。「そうすることで幸せになれる」といくら
言われようと、幸せな人生を歩んでいるようには決して見えない人たちの言葉には
説得力を感じません。他人が、自分が食べたことがないものをいともおいし
そうに頬張るところを見たら、自然と自分もそれを食べたいと思うものですが、
それを食べても、おいしそうにしている様子が感じられないものを、あえて
食べてみようとは思わないのと同じです。
クリスチャンになろうとなるまいと、それが人の幸せにつながるのかどうかは、
母を見ていれば、嫌でも分かってしまうのです。だからこそ、母の説得は
心に響いてきません。

こういう私を、母は「親不孝」と嘆きます。親の言うことだけを信じ、それにしたがって
生きるような人間が親孝行といえるのならば、そんな親は単に自分の言いなりに
なってくれる子どもロボットを欲しいだけのようにしか思えません。決して、
子どもの人となりを認め、子どもをそのまま愛しているような親とは言えません。

私は、言ってみれば20代前半まで、子どもロボットをやってしまっていました。
それが親孝行だと信じ続けて。でも、次第に自分の意思を持ち、自分の気持ちや
欲求をまず一番に大切にしようと思い始めたら・・今では「あの頃のyurarinはどこに
いっちゃったの?何でそんなにひねくれちゃったの?」とよく言ってきます。
自分の意思を持ち、それにしたがって動くことが「ひねくれる」、か・・・。
その言葉を聞くたびに心底母への嫌悪感で一杯になってしまって仕方ありません。

地震が起きた後は、これまでなりをひそめていたクリスチャン勧誘がまた勢力を
強め始め、メールにて「地震でいつ世界がどうなるか分からないから、とりあえず
クリスチャンになって。そうすればお母さんは安心」と、理屈に思えない理屈を
投げてきます。いい加減、子どもは自分の所有物でもなんでもなく、意思を持って
動いていい存在なんだと気づいて欲しいものです。

「yurarinもいろいろとお母さんに相談して。自分のことを何も話してくれないから
寂しい」と言われても、母がしたいのは相談に乗るんじゃなく、自分の意見だけを
押し付けたり、自分の話をきいてもらいたいだけなのです。私の仕事の話や
結婚の話を喜んでくれたことが一度でもありませんし、仕事の話をすればノーリアクション
ですぐに自分の話に切り替えようとするし、結婚の話では「結婚してこの家から
早く出たかったんでしょ」「娘が嫁にいくのを寂しく思う自分の気持ちを少しは分かって」
とばかり言ってくる始末。

まだ同居している頃は、母の助けになりたい、少しでも力になってあげたいとそればかり
思う私がいました。でも、それが子どもとして過剰なことをしてしまっていたこと、自分に
無理をかけてしまっていたことを、今頃になって実感させられることが多いです。
残念ながら、今は親への怒りしかありません。

けれど、震災の影響で多少は不便な思いをしてはいるのかもしれませんが、何とか無事に
生活を過ごしていって欲しいと願ってはいます。
いつの日か、親と分かり合える日がくるかもしれないですし・・・。

地震の影響2 [今、思うこと]

地震から早くも10日が経ちました。

職場での仕事も通常通りに戻りつつあり、これまでの日常が少しずつ
戻ってきています。ただ、かなり節電モードなので、コートを着たりしながら
業務をこなすことも多いです。

自分では、周りに大きな被害に遭った知人がいないせいか、それほど
地震のショックを受けているようには正直感じていませんでしたが・・
余震が続いたり、実家のある福島に放射能被害が広がっていることなど
から、言い知れぬ不安は強く存在しているのかもしれないと思いました。

震災に遭った方々に比べたら、ひじょう~~~~に平和な悩みなんですが、
2ヶ月先に結婚式を控えている事もあって、今はだんなさまとともにその準備
に追われることが増えてきています。主婦やってる友だちからも「結婚式の準備では
結構ケンカする」ときいてはいたものの、いやはや、うちら夫婦のけんかっぷり
も激しいです(苦笑)。互いに自分の意見を曲げようとしないので、折り合いという
ものがつけられないことが多いんです。それで、「もう顔も見たくない!」ってほど
頭にきてしまったり、ひどい言葉を投げつけてしまうことも・・・。

もともと勝気で意地っ張りな私ではあるんですが、地震による潜在不安の
大きさからもいらいらしやすくなってしまっているのかもって最近気付きました。
実家の親との折り合いは、今ではすっかり悪くなってはしまいましたが、心配
にならないというわけじゃないし・・。ライフラインは保たれているようですが、
身の安全をしっかりと守れる場所に家族がいるわけではないのに、助けに
行こうとできない自分がもどかしいし、悔しいです。

はあ~、とにもかくにも、自分は目の前にある式の準備にとりかからねばならず、
いらいらを抱えながらだんなさんと向き合う日々です。でも、無事に式を迎えられる
かどうかも分からないし、でもそんなことも考えると、さらに予期不安が高まって、
内心ぐちゃぐちゃになってしまいやすいです・・。

もっとだんなさんの意見もちゃんと尊重して聞き入れ、でも自分の意見も曲げすぎない、
互いに折り合えるように今後の準備を進めていきたいものです。
だんなさんと、これからも夫婦としてやっていけるんでしょうかね?そういう不安も
実は一杯です・・・。
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